| マタイとルカの福音書は、マルコ福音書を参考にしています。しかし明らかに参考にしていない箇所もあります。それは始まりの部分です。 マタイは系図を示し、クリスマスの出来事を語ります。ルカも洗礼者ヨハネの誕生のことまで記し、クリスマスの出来事を語ります。ヨハネ福音書も、「言(こ とば)」という言い方で、クリスマスの出来事を語っています。しかしマルコは、クリスマスを一切語りません。その始めは「神の子イエス・キリストの福音の 初め」です。 マルコは主イエスのお誕生のことよりも〈何をなさったか〉の方が大切だと思っていたのでしょうか。確かにそういうところがあると思います。当時の教会の考 え、ということもありましょう。パウロの手紙の中にも、主イエスがどのようにしてこの世に降ってこられたのか、そのことを詳しく語ってはいません。しかし パウロも主イエスの誕生について、大切なことを語っています。主イエスは神の独り子で、天地が造られる前からおられる方だ、と語っています。真の神である 方が、私達と同じ、真の人となられた、と語っています。マルコもパウロと同じように、そのことを語っているのでしょう。「神の子イエス・キリストの福音の 初め」。一度聞くだけで覚えられそうな言葉です。しかしその言葉の中に主イエスがどのような方なのかを、めいっぱい詰め込んでいるようです。 「イエス・キリストは神の子です」という説明、というよりも宣言です。 主イエスが人間としてお生まれになったことは、マルコもその通りだと分かっています。マタイやルカのように、誕生の物語をとくとくと語ることもできたのか もしれません。しかしマルコには、ただ一言にすべてを表して語り始める道が与えられました。主イエスが私達と同じ人間としてお生まれ下さったこと、その出 来事は大切なことです。 けれどもマルコは、主イエスのご生涯はこの世にお生まれになったことから始まっているのではないことを語っているのです。「神の子 イエス・キリスト」、主イエスは神の子だ、というのです。神の独り子です。神は当然、この世が造られる前からおられ、この世はすべて神がお造りになりまし た。なので、神の子である主イエスも当然、この世が造られる前からおられる方です。ただおられた方ではなく、創造のわざに深く関わっておられる方です。創 造されたすべてのものはこの方のためにあるのだ、とパウロは語ります。マルコも、「神の子イエス・キリスト」という言葉の中に、それらのことを詰め込んで います。 そのように語り始めているマルコによる福音書ですが、主イエスがすぐに登場するわけではなく、登場するのは洗礼者ヨハネです。「預言者イザヤの書にこう書 いてある」といって、旧約聖書に記された言葉が語られています。主イエスが活動を始められる前に、主の道を整える者が現れることが約束されていたのだ、と いうのです。主イエスが来られるということは、神が私達のもとに、目に見える姿で来られることですから、そこから全く新しい世界になるのは当然でしょう。 その前に、主イエスが歩まれる道を準備させる、というのです。そして、三節の終わりで「そのとおり」と言って、洗礼者ヨハネが現れたことを告げます。彼が 現れるのは「神のお約束の通り」ということです。これまでの世界と新たな世界を繋ぐ者として、ヨハネが登場します。ヨハネは、主イエスが十字架にかかられ るときには、すでに殺されていますから、十字架の主イエスを理解できたのかどうかは、分かりません。しかし、ヨハネが確かにメシアを示し続けていることは 間違いありません。その先に主イエスがおられます。そこに、主イエスが現れられるのです。 主イエスはヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられました。ヨハネの洗礼は、「罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた」とありますから、罪を 犯した人達が受けに来るものです。その罪は、裁判で死刑を宣告されるものから、神だけがご存知の、神に対して犯した罪まで、「すべての罪」です。しかし主 イエスは、それらの罪を何一つ犯されませんでした。人間になられたといっても、ただ一つ、「罪を犯す」ことだけはなさいませんでした。ですから、ヨハネか ら洗礼を受ける必要はありません。なぜ受けられたのか。罪以外、私達と同じになるためです。主イエスは進んで、私達と同じになって下さるのです。 さて、聖霊を受けて水から上がられると、「天が裂けて、“霊”が鳩のようにご自分に降って来るのを、ご覧になった。すると、『あなたはわたしの愛する子、 わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた」のでした。神が事を起こされるその初めには、聖霊の働きがあります。聖霊は三位一体の神ですから、聖霊 が働かれるとき、父なる神も、子なるキリストも共に働かれます。しかし、主イエスは、真の人でもあられます。ですから、主イエスの上にも、聖霊が働かれる のです。その聖霊が、象徴的に、主イエスのもとに降られる。 更に声が聞こえます。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と。この言葉に反応し、「主イエスは洗礼を受けて、神の愛する子としての歩みを始 められた」と勘違いする者もいます。主イエスはこの時から「神の愛される子」になったのではありません。天地創造の前から、「神の子」、「神の愛する子」 でした。しかし、そのことが明らかにされたのは、まさにこの時であったということです。主イエスが洗礼を受けられた出来事の後、天から降った霊と言葉に よって、そのことが明らかにされました。気になるところですが、この言葉を誰が聞いていたのでしょうか。主イエスが弟子達に教えられたのか、それとも、弟 子達の中にこの出来事を見ていた者がいたのか。しかしその出来事を、その言葉を、証しする者がいるのです。その者は後になって、主イエスの出来事は真に福 音である、いや、主イエスが福音だ、と宣べ伝えます。「福音」です。「神の子イエス・キリストの福音の初め」その最初にも入れられている言葉です。何がよ いのでしょうか。病人が癒され、驚くばかりの話しが聞けるから、ということもあるでしょう。しかし何よりも私達にとってよいことは、この方によって救われ た、ということです。罪人は神の裁きを受けねばなりません。聖書は、人が病気になること、人が死ぬことは、罪があるからだと申します。罰としての死です。 そうなら私達は、罰を受けるその時に向かって、一歩一歩悲しみや、苦しみに向かって歩んでいるに過ぎません。しかし罪に捕らわれた私達を、主イエスは救っ て下さった。私達罪人が受けるべき罰を、罪のない主イエスが代わりに受けて下さったのです。主イエスの十字架です。その救いを信じ受け入れた者は、もう罰を受けなくて もよい。神の裁きを受けなくてもよい者とされます。しかも、主イエスの故に復活させられ、永遠に喜びのうちに、神と共にいることが許されます。しかしその 救いも、知らなければ受けられません。そのよい知らせ、福音が告げられるのです。 マルコは、主イエスの十字架と復活が福音であることを最初に語るのです。主イエスは神の子、キリストだ、と最初に告げます。福音を与えて下さったからこの 方はキリストなのではありません。主イエスがキリストだから、福音があるのです。洗礼を受け、霊が降ったから、「神の子」になったのではなく、神の子はキ リストなのです。天からの声も、「わたしの心に適う者」と言う。最初からそうなのです。福音として主イエスがおられるのです。 「神の子イエス・キリストの福音の初め」この言葉は、天地創造の前から、この世の終わり、新しい天地が造られる時に至るまで、主イエスは福音である、その宣言の言葉です。この言葉によって、マルコ福音書は語り始められています。 （2011年4月10日主日礼拝）
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